うちの子、プレミア仕様につき。
―発達凸凹の子を育てながら送る、ギャグみたいな日々―
まず最初に白状しておくと
うちの子は、部屋がきたない。
床には消しかすが散乱し、
ベッド以外はぐっちゃぐちゃ。
「片付けて」と言えば「どこに?」と返ってくる。
本人はいたって困っていない。
ところが。
体だけはピカピカだ。
朝起きたらシャワーを浴びる。
帰宅したら必ずシャワーを浴びる。
これは絶対に欠かさない。
床に靴下が3枚落ちていても(なぜ3枚)、体だけはピカピカだ。
「マイルールがある場所とない場所」がはっきり分かれている。
そのルールを決めたのは社会でも親でも先生でもなく、本人だ。
これを最初に知った時、
私は正直「意味わからん」と思った。
でも最近は「そういう設計の人間なんだな」と思うようにしている。
右を踏んだら左も踏みたい問題
ある日、一緒に買い物をしていたら、子どもが私の右足を踏んだ。
「ごめん」と言いながらそのまま固まっている。
「どうしたの?」
「……左も踏んでいい?」
は?
「踏まないと気持ち悪い」
「え、踏んだら気持ちいいの?」
「踏まないと気持ち悪い」
彼女は両足を踏むことで「快」を求めているんじゃなくて、「不快をなくしたい」のだ。
左右の非対称が、バランス悪くてたまらなく気持ち悪い。だから踏む。
なんとなく、わかる気がした。
私だって、枕の向きがいつもと違うと眠れないことがある。
お風呂に入ったら頭から洗いたい。
程度の差はあれ、誰にでもある「そういうやつ」が、うちの子には強く存在している。
それだけの話だ。と思う。
WISC5、凸凹35の衝撃
去年、WISC5(ウィスク5)という検査を受けた。
正式名称は「ウェクスラー児童知能検査第5版」
子どもの認知能力を5つの領域に分けて測る検査で、平均は100、85〜115が平均的な範囲とされている。
5つの指標のうち、言語理解だけが飛び抜けて高く、ここだけギフテッド一歩手前と言われた。
他の項目は一応「平均」の範囲には収まっているものの、苦手なことは日常生活にはっきり顔を出す。
その差、35。
「指標間の差が15以上あると大きいとされるんですが……お子さんは35あります」と先生に言われた時、正直ピンとこなかった。
35って何?
サイズ?靴のサイズ?
でもその数字のひらきが何を意味するかは、日常生活が教えてくれた。
言語理解が高い、というのはつまり、言葉で考える力が強いということだ。
感情的になることなく、論理的に話す。
「なぜ学校に行かなければならないのか」を筋道立てて説明してくるので、こちらが納得することさえある。(悔しい)
情緒は小さい頃から安定している。
むしろ私より安定している。(悔しい)
幼稚園の頃から先生に「母がいつもお世話になっております」と言うような子だった。
落ち着きがのはだいたい私の方で、本人はわりと淡々としている。
でもその一方で、先のことを予測して動くのが苦手だ。
「10時に家を出るよ」といっても逆算してうごけない。
「もうすぐ」「そろそろ」「あとちょっと」
こういうニュアンスが、どうやらとても難しいらしい。
言葉を額面通りに受け取るから、冗談が冗談として届かないこともある。
言葉の力が突出しているのに、言葉のグラデーションが届かない。
頭がいいとされているのに、生きるのが難しい。
そういう設計の人間が、うちにいる。
「普通」がいちばん難しかった
ただいま絶賛不登校中だ。
周囲から「大丈夫ですか」と言われることがある。
ありがたいとは思う。でも正直に言うと、私自身は今、そんなに困っていない。
過去は違った。
学校の先生のアドバイスに従って、半ば無理やり連れて行ったこともある。
「行けた」という実績を積めばいつかなじむ、と思っていた。
でも子どもの顔を見るたびに、何かが間違っている気がしていた。
今思えば、私は問題を解決しようとしていたんじゃなくて、
「子どもを正常値に収めようとしていた」
今はしない。
学校に行かなくても、この子が自分なりに世界と交わる方法を見つければいい、と思っている。
言語化スキルがバカ高いなら、そこを磨く何かが見つかればとも気長に思う。
自分を責めてるかと言えば、ほぼない
発達に引っかかりがあって、学校も行かない。
悩まないかといえば嘘になる。
でも「私が悪かったのかな」「もっとちゃんとした親だったら」という方向には、あまり行かない。
この子を見ていると、「こういう人間なんだな」という確信がどこかにあるからだと思う。
親の育て方でどうにかなる話じゃなくて、最初からこういう設計図を持って生まれてきた。
そう思うと、責める必要がどこにもない。
それよりも私は、毎日忙しい。
右を踏んだら左も踏む。
朝と帰宅後はシャワー。
部屋の片付けは期待しない。
先を予測することは苦手なので伝え方に工夫がいる。
変わった生き物と暮らしている。
これが、なかなかおもしろい。
これはあくまでも我が家の話です。発達凸凹のある子どもの特性は一人ひとり違います。同じ検査結果でも、困りごとの出方も、親の感じ方も、みんな違う。「うちの場合」という一例として読んでもらえたら嬉しいです。



人はそれを個性と呼びます。
と書きながら、同じことでも書き方で受ける印象って全然違うなと思いました。
ピンチはチャンス!ホンマかいな!って思ってたけど最近ホンマそれって思います。
ハンデじゃなくてそれスキル!
何が言いたいかというと…娘ちゃんは最強ってことです٩(^‿^)۶
いやはや、大物感が漂ってくるなぁ。
そもそも、「普通」という定義があいまいだよね。
だって、それぞれ基準が違うもの。
私の普通は、誰かにとっては普通ではない。
ここ間違うと、不通になってしまうんよね。