私はだれかの劣化版
文章を書き始めたあの日のこと
SNSで発信を始めた2020年、私にはメンターがいた。
文章を添削してもらいながら、
ライティングを学んでいました。
今みたいにAIはなかったので、
一から自分で考えて、全部自分で書く。
その中で私がやっていたのが、
メンターの文章をお手本にして構成や言葉の運び方を学んでいく。
それが最短だと思っていたし、実際そうでした。
どんな順番で話を組み立てているのか。
なぜ最後まで読んでしまうのか。
そんなことを考えながら何度も何度も読んでは、書いてを繰り返していました。
書き始めて一ヶ月が経ったある日、一通のメッセージが届いた。
「まるで自分のことだと思いました。私もひろみさんのように挑戦したい!」
そのメッセージを読んだときのことは忘れられません。
自分の言葉が、誰かの背中を押せた。
それが初めてわかった瞬間でした。
今日まで頑張って書いてきてよかったと、
毎日悩んで書き続けた時間が全て報われた気がしました。
でもほぼ同じ頃、FacebookのMessengerに
一通のDMが届きました。
「あなたみたいな文章を書いている人が何人もいるって分かってますか?」
どうしてみんな同じような文章ばっかり書くのかと。
ショックでした。
毎日3時間、4時間、時には一投稿つくるのに8時間以上かけた日もあります。
悩んで、考えて、やっと書いて出していた。
人と同じ文章を書いているつもりなんて、これっぽっちもなかった。
それなのに「みんな同じに見える」と言われて、悲しくて恥ずかしくて涙が止まりませんでした。
でも冷静になってから気づいたんです。
その言葉は間違っていなかった、と。
メンターにはたくさんの生徒がいました。
みんな同じように学んでいた。
もちろん、それぞれ生きてきた環境も、傷ついた過去も、乗り越えた経験もバラバラです。
だから一人一人は確かに違う。
だけど文章の構成や言い回しを学んでいくと、どうしてもお手本にしている人に似ていくもの。
それは自然なことで、避けようがないことでもあります。
じゃあ、いつになったら自分のオリジナルが書けるようになるのか。
基礎をなぞって、なぞって、何度も何度も言葉を綴った先にやっと、自分の言葉が生まれてくるのではないでしょうか。
Substackを見ていると、
本当にオリジナリティあふれるすてきな文章を書く人が多くいます。
才能がある人もいるかもしれない。
でも文章が上手な人のほとんどは、その前に「劣化版だった時期」を通ってきている。
自分が憧れる人を追っかけ、文章を何度も何度も読み返して、構成や基礎を叩き込む。
そういう、誰にも見せない地道な時間を積み重ねてきているんじゃないかなと私は思っています。
そしてもう一つ。
文章の答え合わせは、投稿してからしかできない。
どんなに時間をかけて何度も書き直しても、どんなに想いを込めても、
出すまでどんな反応があるかは本当にわからない。
「そういうことを伝えたかったわけじゃないのに」と思うようなコメントをもらうことも、ありました。
伝わってほしいことが伝わらない、
あのもどかしさは地味にしんどい。
でもそれって、ほとんどの場合読者のせいじゃなくて
自分の文章力が追いついていないから。
それを認めるのは簡単ではないけれど、そこから目を背けると何も前に進まないんですよね。
だから私は、書き続けることが大事だと思っています。
そして、劣化版から始まることを怖がらなくてもいいとも思っています。
誰かをお手本にして、誰かに似てしまって、悩んで、迷って、それでも書き続けた。
その先で少しずつ、自分の言葉が見つかっていくんじゃないかと。
少なくとも私はそうでした。
ここのところ、私自身も書くことに迷いがありました。
だから当時の自分を思い出すためにも、この記事を書きました。
いま迷っているだれかに届きますように。



ひろみさん
記事を読ませて頂き
AIが文章の柱を仕上げる時代になっても やはりライターさんの影の努力をひしひしと感じました。
勇気を頂きました。
ありがとうございます。
私はサブスタの基本操作から手間取っていて なかなか活動を始められません…
『書いてみないとわからない』
本当にそうですね〜。
私にはメンターも居ませんし 文章の基礎力もありませんが それでも書きながら発信する
その必要性が自分にはあると思いました。
とにかく まず操作面が苦手です。
ここの克服からのチャレンジとなります…
とほほです( 'ᵕ' ; )
背中を押されました!
私はなぜか人の真似をしないで自分の言葉で書きたいと意固地になってしまうので、、、
なかなか伝わらないひとりごとのような文章になってしまいますが😅
それでも書き続けてよかったなと体感してます☺️✨✨