庭に放り出された荷物
結婚していた頃の私のはなし
8年前の私が今の私を見たら、きっとびっくりするかな。
フリーランスで働いて、
自分の力で子どもとふたり暮らしてる。
そんな未来、あのころの私には想像もできなかった。
これは、そこに至るまでの話です。
有益な話はなにもないのですが、
気になった方だけでも読んでいただけたら嬉しいです。
私は6年前に離婚して、シングルマザーになった。
夫と結婚したのは30を過ぎたころ、
まわりに合わせるように結婚した。
まわりがどんどん結婚・出産していくなかで、
「私も早くしなければ」という空気が、焦りに変わった。
夫は小さな嘘をつく人でした。
でもあまりにも些細なことで見て見ぬふりをして結婚を決めた。
結婚してからわかった嘘、
結婚しても嘘を重ねる夫に、
そこに夫婦の信頼は積み上がらなかった。
当時の私は自己肯定感がとても低く、それに気づく余裕もありませんでした。
夫は殴ったことも、
ひどい暴言を吐いたことも一度もなかった。
言葉づかいは柔らかく、子煩悩。
近所では「優しい旦那さんでうらやましい」とすら言われていた。
人前では育メン。でも家庭内では夜泣きしても起きることすらしない。
羨ましいと言われるたびに苦しいと感じていいのかすら、わからなかった。
夫に染みついていたのは、言葉にしない男尊女卑でした。
夫の実家では、
お父さんは炊き立てのご飯を食べ、
お母さんは昨日の残り物を食べるのが当たり前だった。
それをおかしいとは思っていなかった。
悪気はなかったと思う。でも悪意がないまま、序列が作られていきました。
子どもが産まれ、専業主婦になってからは
その日何してたのかをチェックされ、
子どもと二人、専業主婦は呑気でいいよねという空気。
「無駄遣いしてるんじゃないか」と疑われ、家計簿を一円単位でつけるようになった。
夫には「自分が稼いだお金」という意識が強かった。
孤独な育児、実家は頼れず、
気がつくと話せる大人は夫だけになっていた。
いろいろ言われるのが嫌で友達と出かけることもやめた。
外との繋がりが薄れ、家庭が世界のすべてになっていった。
でもその渦中にいると、
世界が狭くなっていることにも気づかない。
きっかけは、子どもの繋がりで知り合った
ママ友の一言でした。
「ずっと気になってたんだけど……モラハラじゃない?」
モラハラ。
言葉が頭の中でしばらく浮かんだまま、消えなかった。
私は自分がモラハラを受けていることにすら、気づいていなかった。
気づいてからも葛藤は続いた。
ひとりで子どもを育てていけるだろうか。
がまんした方が子どものためじゃないか。
でもひとつだけ確かなことがあった。
私は心から笑えていなかった。
子どもが大きくなったとき、笑えないお母さんを見て何を感じるだろう。
それでも離婚なんてとんでもない、現状に向き合うことを恐れた。
子どもの誕生日の前祝いの準備をしていたある日。
ふとしたことで機嫌をそこなった夫が
「もう寝る」とお祝いを放棄した。
ああ、この人とは一緒にいられない。
頭より先に身体が動いていた。
子どもを連れて荷物を詰め込んで車に乗り込んだ。
行くあてもないし仕事もない。
でも、ここを出ようと決めた。
「俺が悪かったから戻ってきてくれ」
優しくそういう夫に心が少し揺れた。
でも、でも。私の意思は変わらなかった。
それがわかった途端、夫は豹変した。
翌日、私たちの荷物が全て庭に放り出されていた。
「近所にみっともないから早く回収しにきて」
戻ってきてくれと言っていた人が、翌日にはこれだった。
ごみ袋に詰め込まれた荷物。
夫が不在の時を見計らって何往復もして荷物を運び込んだ。
そこから嫌がらせが続いた。
離婚届不受理申出、
知らないうちに抜かれた車の保険、
存在しない通帳を持ち出したと責められ、
さらには深夜の感情的な電話。
それから1年3ヶ月後、離婚が成立した。
私は、これ以上私の人生を誰かに委ねたくなかった。
思う人生にならないことを人のせいにしたくなかった。
自分で決めて自分で切り開いたことなら、たとえ失敗しても納得できる。そう思った。
たとえ夫でも、支配されて生きるのは嫌だった。
体裁のために我慢し続けることが本当に子どものためになるのか。
笑えないお母さんのそばで育つ子どもと、自分の手で幸せを選んで生きるお母さんのそばで育つ子ども。
答えは自分の中にあった。
離婚が成立して半年、養育費が止まった。
怖かった。金銭的に不安しかなかった。
でも心は安全な場所で、
子どもの前で自然と笑えるようになっていた。
苦しいと感じているなら、
それはもう十分な理由だと、今の私は思う。
子どものために我慢するより、自分が笑えている方が、きっと子どものためになる。
時間がかかったけれど、そこに気づけたことが、いまも私を動かし続けている。
自分で決めて、自分で切り開く。
うまくいかなくても、それなら納得できる。
その感覚を知ってしまったら、
もう誰かに委ねて生きることはできなかった。
これが、私が今も頑張っている理由です。
うまく言葉にできるかわからなかったけれど、この場所につづっておきたいと思いました。
これからはたまに、こういった私の等身大の話もしていきたいと思う。
よかったら今後も購読していただけたら嬉しいです。



これは、めっちゃ共感できますね!
荷物出された場所違うけど、鍵は変えられたし豹変しました、別の生き物
歩きながら読んでたから、飛び出したところでひろみさんの胸の内想像して泣きそうになってまだ読めてないです。
仕事終わったら続き読みますね。