Substackは「見る媒体」ではない
いま界隈で求められていること
少し前まで、SNSは「見るもの」でした。
キラキラした暮らし、羨ましいと思える誰かの日常、わかりやすい成功。
スクロールしながら「いいな」と思って、画面を閉じる。そういう使い方が当たり前だった。
あなたもそうじゃなかったですか?
でも最近、何かが変わってきている気がしませんか。
一周回って、ラジオの時代が来ている
YouTubeが伸びて、TikTokが伸びて、SNSが当たり前になった。
でもそのどれもが、気づけば「見るだけ」になっていった。
作り手がいて、届け手がいて、受け取る人がいる。
つまりずっと一方通行のままだった。
画面のこちら側とあちら側には、見えない壁があった。
そして今、一周回って求められているのは
ラジオ的な場所だと思っています。
ハガキを送って好きなパーソナリティに読んでもらう。
自分の声が番組の一部になる。
リスナーでありながら、番組を作っている側でもある。あの感覚。
特に40〜50代は学生時代、布団に潜りながら、受験勉強しながら、
送ったハガキが読まれるのを待つという経験をした人も少なくないように思う。
XのSpacesでラジオのように聴きながら、リプでツッコミを入れる。
SubstackのLIVEやチャットのコメント欄で、リスナー同士が交流して居場所ができていく。
これが今、人気のあるスタイルの正体だと思っています。
SNSが登場してしばらくは「憧れる側」と「憧れられる側」の構図が残っていた。
フォロワーが多い人が上で、少ない人が下、みたいな空気。
インフルエンサーは輝いていて、私たちはそれを眺めていた。
でもいま、その構図が崩れてきている。
カリスマを遠くから眺めるんじゃなく、
一緒に何かを作ったり、同じ場にいたりすることに、人が価値を感じ始めている。
人が求めているのは「所属感」だ
XのSpacesをやっていて、
SubstackでLIVEをやってみて、気づいたことがあります。
数字じゃなくて、空気が違う。
アーカイブで見てくれた人より、リアルタイムで「いた」人のほうが、その後の反応がまったく違う。
コメントが来る、投稿に反応してくれる、次も来てくれる。
なぜか。
「あの場に自分もいた」という感覚があるから。
これは所属感です。
その人のファンになるというより、
その人がいるコミュニティの一員でいる、という気持ち。
スマホのこちら側とあちら側を隔てるものがなくなり
「自分もここにいる」と感じられる場に、人は動いている。
だからこそ、巻き込み型の人に人が集まる。
一緒に考えてくれる人、
自分の意見を聞いてくれる人、
双方向でやりとりできる場を作っている人のところへ。
なぜSubstackのようなプラットフォームが伸びているのか
よくSNSは
「見る媒体」
「読む媒体」といわれるが
Substackはまちがいなく「いる媒体」です。
記事がある
ライブがある
チャットがある
ポッドキャストがある
一見バラバラにみえるけど、全部つながっています。
記事をじっくり読んで
「この人の考え方が好きだ」と思った人が、ライブに来る。
ライブで話を聞いて、
もっと深く知りたくなった人が、バックナンバーを読み返す。
そこで「やっぱりこの人だ」となった人が、
ポッドキャストを再生して、LINEやメルマガのより閉じた場所へ入っていく。
関わるたびに、その人のことが好きになっていく。
そういう設計ができているプラットフォームです。
フォロワー数が多い人が勝つ時代から、
その人をより深く知れる場を持っている人が強い時代へ。
Substackはその深さを作るのに、いちばん向いているプラットフォームだと思っています。
そして「購読」は、単なる登録じゃない。
あなたを支持します、という意思表示です。
この人の情報をいつもキャッチしたい
という気持ちをワンアクションで行動に変えられる。
キラキラよりも、思考と姿勢
もうひとつ、変わってきたことをいうと
憧れの対象が変わってきた。
以前は
「この人の生活いいな」「この人みたいになりたい」という見た目や結果への憧れが強かった。
でも今は、
その人の思考や価値観、信念に共鳴する
という感覚で人がついていくケースが増えている気がします。
何かを成し遂げた人より、
何かを成し遂げようとしている人。
完成した答えを上から落としていく人より、
一緒に考えてくれる人。
「AIっぽいバズ投稿」に反応が薄くなってきているのも、同じ理由だと思います。
誰が書いたかわからない、型通りの有益情報。
読み終わっても、その人のことが何もわからない。
人は今、情報じゃなくて人を知りたいんです。
だから「その人となりを知れる記事」が読まれる。ライブに参加する。
先日、私は自分の婚姻時代のことを書いた。
ビジネスやSubstackの話は一切していない。
ただ自分のことを、ひたすら書き殴った記事です。
それが、たくさんの引用リスタックとコメントをもらった。
それがこの記事です。
数日経った今も、まだ読まれている。
もちろん大前提、
日頃の発信や交流あってのことですが、ほかのSNSだと考えられませんでした。
有益じゃなくていい。ノウハウじゃなくていい。
その人がどう生きてきたか、AIには書けないそういう話が求められていると感じます。
じゃあ、私たちは何をすればいいのか
まず一つ。
自分の考えを、自分の言葉で出すこと。
「最近私はこう思うんですけど、どうですか」で十分です。
それから、一方通行にしないこと。
問いかける、コメントに返す、ライブで話す。
その小さな積み重ねが
「あの人とつながっている」という感覚を作っていく。
「見るだけ」でいいコンテンツの時代は、とっくに終わっています。
よっぽどのカリスマでもない限り、
一方的に発信し続けるだけでは成り立ちにくい。
発信する場所に、「参加できる余白」をつくる。
それが今、いちばん大事なことかもしれない、と私は思っています。
この記事を読んで、何か感じたこと・思ったことがあれば教えてください。
あなたの言葉が、次の記事のヒントになります。



「その人の思考や価値観、信念に共鳴する」とても共感しました。
その人らしい魅力が自然に溢れていると、惹かれますね。
フォローさせていただきます。記事楽しみにしています。
X始めた頃、ひろみさんにコメント読んで、話を広げて貰って嬉しかった事を思い出しました。
SubstackのLIVEは更に所属感(一体感)があって良いですよね。
可能性がある(゚Д゚)クワッ